FC2ブログ

Paul Henrion (1819-1901)

一日遅れましたが、昨日7月20日は、フランスの作曲家ポール・アンリオン(Paul Henrion, 1819-1901)の生誕200年ということで、彼の作品を録音してみました。

アンリオンは、パリで生まれ、11歳の時には兄の時計工房の徒弟となりましたが長くは続かず、郊外の劇場での出演の申し出を受け、それから地方の小さな町々でも舞台に立ちました。4年に及ぶ放浪期間を経てパリに戻り、その頃から音楽を学び始めました。アンリ・カール(Henri Karr, 1784-1842)にピアノを師事し、盲目のオルガニスト、モンクトー(Pierre François Moncouteau, 1805-1871)に和声法を師事しています。

1840年には、歌曲作曲家としてデビューし、ロマンス《一日 Un jour》の成功によって流行の作曲家となりました。生涯で残した歌曲の数は1000曲を超えるといわれています。

アンリオンは、《ドナウ川での出会い Une rencontre dans le Danube》(1854)、《クラリネット奏者の羨望 Une envie de clarinette》(1871)、《愛ゆえの歌手 La chanteuse par amour》(1877)等のオペレッタも手掛けましたが、歌曲のような成功を収めることはできなかったそうです。また、彼はピアノのための小品も残しています。今回録音した《夕べ, 夜想曲 Le soir, Nocturne Op.26》もその一つです。

続きを読む

スポンサーサイト

Eugène Ketterer: Soirée vénitienne, Barcarolle Op.138

本日は、フランスのピアニスト・作曲家ウジェーヌ・ケトレールの《ヴェネツィアの夜会, 舟歌 Soirée vénitienne, Barcarolle Op.138》を録音してみました。

ケトレールはサロン向けの軽妙な舞曲や感傷的な小品を数多く残しましたが、この《ヴェネツィアの夜会》はその中でも際立った甘美さを湛えた作品です。32分音符の細かなパッセージによって紡がれる煌びやかさも併せ持っています。

Johann Kafka (1819-1886)

本日はボヘミア出身の作曲家ヨハン・カフカ(Johann Nepomuk Kafka, 1819-1886)の生誕200年ということで彼の作品を録音しました。

ノイシュタット・アン。デア・メッタウ(Neustadt an der Mettau、現在のNove Mesto na Metove)生まれたカフカは、最初は法学を志しましたが、音楽の道へ進み、200曲ほどのサロン向けのピアノ小品を残しました。

カフカは田園的な作風を好んだのか、牧歌と題された作品が多く、オーストリアを題材にした作品も多く見られます。例えば《アルプスの別れ, 牧歌 Op.36》、《ノイレングバッハの思い出, 牧歌 Op.72》、《シュタイアーマルクへの挨拶, 牧歌 Op.105》、《アルプスの狩人の憧れ, スティリアの牧歌 Op.152》といった作品があります。

続きを読む

Gustav Lange: Frühlingsglaube, Lyrisches Tonstück Op.469

19世紀の知られざる作品の楽譜を入手するのにあたって、これまで私はIMSLPや世界各地の図書館などがWEB上に無料公開しているデジタル化楽譜に頼るのがほとんどでしたが、ついに、海外の古書店などから19世紀の楽譜の実物を購入してみることに挑戦しました。注文した10点近くの作品のうち、最も弾きやすいかった一曲を録音してみました。

続きを読む

Oscár de la Cinna (1836-1906)

スペインのピアノ音楽というと、どのようなものが思い浮かぶでしょう。イサーク・アルベニスやグラナドスの作品あたりではないかと思います。では、彼らが現れる以前のスペインのピアノ音楽はどのようなものだったのでしょうか。全くといってよいほど知られていないのが現状でしょう。アルベニスが作曲家として表舞台に立つのは1880年代になってからですが、それ以前となると、ドメニコ・スカルラッティやアントニオ・ソレールなどチェンバロの時代まで遡らないといけないほどかもしれません。すなわち、100年ほどの空白期間が存在しています。

では、18世紀後半から1880年頃にかけてスペインには全くピアノ音楽の作曲家がいなかったのでしょうか。当然、そのようなことはありませんし、決して取るに足らない作品しか生み出されていなかったわけでもありません。いくらか名前を挙げてみます。

ペドロ・アルベニス (Pedro Albéniz,1795-1855)
ニ長調のソナタによって名前が知られるマテオ・アルベニス(Mateo Albéniz, 1755頃-1831)の息子。スペインで初めてピアノ奏法書を刊行した[1]。イサーク・アルベニスとは血縁関係なし。

サンティアゴ・デ・マサルナウ (Santiago de Masarnau, 1805-1882)
アルカンの友人で、《3つの華麗なスケルツォ Op.16》を献呈されている。

ペドロ・ティントレール (Pedro Tintorer, 1814-1891)
ペドロ・アルベニスの弟子で、フランツ・リストからもレッスンを受けた。

フランシスコ・デ・ラ・リバ (Francisco de la Riva, 1816-1876)

マルティン・サンチェス・アルー (Martín Sánchez Allú , 1825-1858)

マルシアル・デル・アダリド (Marcial del Adalid, 1826-1881)

アドルフォ・デ・ケサダ (Adolfo de Quesada, 1830-1888)

エドゥアルド・オコーン (Eduardo Ocón, 1834-1901)

フェリペ・ペドレル (Felipe Pedrell, 1841-1922)
イサーク・アルベニスの師

テオバルド・パワー (Teobaldo Power, 1848-1884)
カナリア諸島出身で、同地の州歌の作曲者

[1] 西原稔『ピアノ大陸ヨーロッパ 19世紀・市民音楽とクラシックの誕生』 p.245

続きを読む