Adolf Henselt (1814-1889)

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▲Adolf Henseltの肖像 Gallica / Bibliothèque nationale de France より 加工・転載

アドルフ・ヘンゼルト(Adolf Henselt, 1814-1889)は、ドイツのピアニスト・作曲家です。初めはヴァイオリンを教わりましたが、やがてピアノを習い始め、1826年からはフォン・フラット夫人(Geheimratin von Fladt)という優秀なアマチュア・ピアニストに就いて学ぶようになりました。1831年には、バイエルン王ルートヴィヒ1世から奨学金を支給され、その翌年、ヴァイマールで宮廷楽長を務めていたフンメル(Johann Nepomuk Hummel, 1778-1837)の下で約半年間指導を受けています。その後、ヘンゼルトは、ミュンヘンで演奏会を開き大きな成功を収めますが、更なる向上を目指して、ウィーンで対位法の大家ゼヒター(Simon Sechter, 1788-1867)に作曲を学びながら、独自に修練を積み演奏技術を磨いていきました。

ヘンゼルトの行った練習は大変過酷なものであったようですが、その賜物として得られたのが非常に広い音程の和音を掴むことが出来る柔軟な手でした。彼は、左手でド・ミ・ソ・ド・ファ、右手でシ・ミ・ラ・ド・ミを同時に押さえられたといわれ、それを活かしたレガート奏法は比類のないものだったといいます。しかし、過酷な訓練は身体の毒にもなり、1836年、ヘンゼルトは、療養のため温泉地カールスバートへと赴かなければなりませんでした。彼は、そこでショパンに出会ったともいわれています。

ヘンゼルトは、1838年、サンクトペテルブルクに定住しました。そこでは、宮廷ピアニストに任命されたのに加え、法学校でのピアノ教師の職も与えられ1848年までそれを務めています。その後も、ヘンゼルトは、1862年に開設されたサンクトペテルブルク音楽院で教鞭を執るなど様々な音楽教育機関に携わり、ロシア・ピアノ楽派に多大な影響を与えました。

ヘンゼルトは、内気で神経質な性格のため、大勢の前で演奏をすることを苦手としていたといわれています。そのことを物語る逸話がいくらか残されています。例えば、ヘンゼルトは、ピアノ協奏曲を演奏する際、オーケストラによる序奏部が終わりピアノ独奏部が始まる直前まで舞台袖に隠れていたといいます。 また、次のような話もあります。ドライショック(Alexander Dreyschock, 1818-1869:ボヘミア出身のピアニスト・作曲家)が、ヘンゼルトのもとを訪ねようとした時、その部屋から詩情に溢れた素晴らしいピアノ演奏が聞こえてきたので、外から聴いていました。感銘を受けたドライショックは、部屋に入ってヘンゼルトにもう一度弾いてほしいと頼んだのですが、今度の演奏はさっきのものと打って変わり、ぎこちないものとなってしまいました。

作品は、「12の演奏会用性格的練習曲 Op.2」「12のサロン用練習曲 Op.5」をはじめとするピアノ独奏曲の他、ピアノ協奏曲(Op.16)やピアノ三重奏曲(Op.24)などがあります。特に、Op.2の第6曲「もし、私が鳥ならば、君のもとへ飛んで行くのに!」は、かつて多くのピアニストに愛奏された作品で、ラフマニノフも録音を残しています。



12の演奏会用性格的練習曲 Douze études caractéristiques de concert Op.2 より
第1番 「嵐よ、お前は私を倒せまい!」 "Orage, tu ne saurais m'abattre!"
第4番 二重唱, 愛の休息 Duo, Repos d'amour
第5番 波乱の人生 Vie orageuse
第6番 「もし、私が鳥ならば、君のもとへ飛んで行くのに!」 "Si oiseau j'etais, a toi je volerais!"
第8番 君は、私を魅了し、引き付け、飲み込む! Tu m'attires, m'entraînes, m'engloutis!


バイエルン国王ルートヴィヒ1世に献呈。
第1番は、左手のアルペジオの練習曲で、手の柔軟性が求められる難曲。
第5番は、私のお気に入りの作品で、ホームページの壁紙はこの曲の楽譜を使っています。
第6番は、前述したようにヘンゼルトの作品の中で最も知られたもので、ラフマニノフも録音を残しています。


12のサロン用練習曲 Douze études de salon Op.5 より
第3番 魔女の踊り Hexentanz
第4番 アヴェ・マリア Ave Maria


ザクセン王妃マリアに献呈。
Op.2の姉妹作というべき曲集。Op.2の12曲とOp.5の12曲で24の全ての調が網羅されるようになっています。


即興曲 Impromptu Op.7



束の間の思考 Pensée fugitive Op.8



ゴンドラ, 練習曲 La Gondola, Etude Op.13-2

モシェレスとフェティス編纂の練習曲集「メトードのメトード(Méthode des Méthodes)」の第16曲目に収録された作品。パハマン(Vladimir de Pachmann, 1848-1933)が録音を残しています(かなりアレンジされちゃっていますが)。


ポルカ Polka Op.13-9



無言歌 Chant sans paroles Op.33




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コメント

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ヘンゼルトのノクターン(泉)op 6-2を弾いています。
「フンメルの滑らかさ」と「リストの響き」を出す表現方法が難しい

Re: タイトルなし

私は、エチュードを数曲練習しています。
ヘンゼルトの作品は、手の柔軟性やしなやかさが要求されて難しいですね。
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