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Eduard Marxsen (1806-1887)

今回は、ブラームスの師として今日に名を残しているドイツのピアニスト・作曲家エドゥアルト・マルクスゼン(Eduard Marxsen, 1806-1887)の小品を紹介します。

マルクスゼンは、アルトナ近郊のニーンシュテッテンで生まれ、オルガニストであった父から音楽の手ほどきを受けました。彼は、聖職者になることを望まれていましたが、フェティスによれば、18歳の時に初めて観た歌劇に感銘を受けて音楽の道に進む決心したそうです。

それから、彼はハンブルクでクラージング(Johann Heinrich Clasing, 1779-1829)に師事し、1830年には父の死を機にウィーンを訪れ、ザイフリート(Wikipedia)の下で対位法、ボックレット(Wikipedia)の下でピアノを学びました。その後、ハンブルクに戻って開いた演奏会で成功を収め、以来、同地に定住して作曲家及びピアノ教師として活動しました。1875年には王室音楽監督の称号を授かり、1887年にアルトナで亡くなっています。

マルクスゼンは、70ほどの作品を残しており、ピアノ曲の他、交響曲、序曲、管弦楽のための性格的音画《ベートーヴェンの影》、歌曲などがあります。

前述したように、マルクスゼンの最も著名な教え子がブラームスです。ブラームスは師であるマルクスゼンに《ピアノ協奏曲第2番 Op.83》(IMSLP)を献呈しており、マルクスゼンの方もブラームスにピアノのための変奏曲《民謡による100の変容》(IMSLP)を献呈しています。


今回、MIDIを作成したのは《リストの思い出, 奇想曲と魔女の踊り Souvenir à Liszt, Caprice et Danse des Sorcières Op.47》の第2曲〈魔女の踊り Danza di Streghe〉です。Schuberth社から出版された楽譜では、表紙ではフランス語でタイトルが書かれていますが、中では各曲にイタリア語でタイトルが表記されています。第2曲の〈魔女の踊り〉は、鍵盤のあちこちを音が飛び回るせわしない小品で、まるで気まぐれな魔女が嘲笑うかのようです。ホ短調とホ長調の主和音が交互に現れる主題も特徴的です。



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