Lefébure-Wély (1817-1869)

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▲Lefébure-Wélyの肖像 Gallica / Bibliothèque nationale de France より 加工・転載

ルフェビュール=ヴェリー(Louis James Alfred Lefébure-Wély, 1817-1869)は、フランスのオルガニスト・作曲家です。オルガニストである父から音楽の手ほどきを受けると、たちまち才能を現し、8歳の頃には左半身不随の父の代理としてオルガニストを務めるほどになり、1831年に父が亡くなると、その後任としてサン=ロッシュ教会のオルガニストの職に就きました。

1832年には、パリ音楽院に入学し、ピアノをジメルマン[1]とローラン[2]、オルガンをブノワ[3]、作曲をアレヴィ[4]とベルトン[5]に師事しますが、それだけでは満足せず、A.アダン[6]やセジャン[7]からもプライベートでレッスンを受けました。音楽院では、ピアノとオルガンにおいて1834年に二等賞、その翌年には同二部門で一等賞を獲得しています。

1847年には、マドレーヌ教会のオルガニストに就任。1858年には、作曲活動に専念するためその職を辞しますが、1863年には、かつて師セジャンがオルガニストを務めていたサン=シュルピス教会において再びオルガニストの職に就きました。1850年にはレジオンドヌール勲章を受章しています。

作品は、ピアノ曲やオルガン曲、ハーモニウム曲のほか、歌劇やカンタータ、交響曲、室内楽曲など多岐のジャンルに亘っていますが、今日では専らオルガン曲の作曲家として知られています。

[1]Pierre-Joseph-Guillaume Zimmerman(1785-1853)
[2]Adolphe-François Laurent(1796-1867)
[3]François Benoist(1794-1878)
[4]Fromental Halévy(1799-1862):代表作に歌劇「ユダヤの女」
[5]Henri Montan Berton(1767-1844)
[6]Adolphe Adam(1803-1856):代表作にバレエ「ジゼル」
[7]Louis-Nicolas Séjan(1786-1849)




修道院の鐘, 夜想曲 Les Cloches du Monastère, Nocturne Op.54-1

ルフェビュール=ヴェリーの作品の中でもとりわけヒットを博した曲です。20世紀の初め頃までは人気を保っていたようで、日本においても終戦前後までは楽譜がいくらか出版されていたようですが、今日では殆ど忘れ去られてしまっています。


上番衛兵, 風俗的奇想曲 La Garde montante, Caprice de Genre Op.71

「アルファベット」や「ラジリテ」などのピアノ練習曲で知られるパリ音楽院教授ル・クーペ(Félix Le Couppey,1811-1887)に献呈。



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