Theodor Oesten (1813-1870)

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▲Theodor Oestenの肖像 Universität Frankfurt am Main Digitale Sammlungen より 加工・転載

テオドール・エステン(Theodor Oesten, 1813-1870)は、ドイツのピアニスト・作曲家です。ベルリンに生まれ、フュルステンヴァルト(Fürstenwald)という小さな町でポリツキ[1]という音楽家に弦楽器から管楽器に亘る様々な楽器を教わりました。19歳になるとベルリンに戻り、作曲をベーマー[2]、ピアノと声楽をドレシュケ[3]、クラリネットをタンネ[4]に学び、また、王立芸術院に入学し、ルンゲンハーゲン[5]、G.A.シュナイダー[6]、A.W.バッハ[7]にも師事しました。

エステンは、ピアノ教師として成功を収める傍ら、1843年に出版された「最初のスミレ, 華麗なるロンド (Les premières violettes, Rondeau brillant) Op.5」を皮切りに、演奏が容易で感傷的なサロン風のピアノ小品を多数発表し高い人気を獲得しました。このような彼の作風は、数々の模倣者を生み出しましたが、息子のマックス(Max Oesten, 1843-1917)もその一人でした。今日では、「アルプスの鐘 Op.175」「アルプスの夕映え Op.193」「人形の夢と目覚め Op.202-4」といった作品がピアノ発表会等でよく取り上げられ親しまれています。

[1]Politzki:詳細不明
[2]Böhmerという名の作曲家には、Charles Böhmer(1802-?)等がいますが、どの人のことかはわかりませんでした。
[3]Georg Auguste Dreschke(1798-1851)か?
[4]Tanne:宮廷音楽家だったらしいが詳細は不明。
[5]Carl Friedrich Rungenhagen(1778-1851)
[6]Georg Abraham Schneider(1770-1839)
[7]August Wilhelm Bach(1796-1869):ドイツのオルガニスト・作曲家。有名なバッハ一族とは無関係。




舟歌 Gondellied Op.56



金の真珠, 25の小さくて非常に易しい運指付きの子供のための楽曲 Goldperlen, 25 kleine und sehr leichte Kinderstücke mit Fingersatz Op.94 より Nos. 5, 9, 10, 15, 19, 22

バイエル程度の易しい小品を集めたピアノ曲集です。
No.22の題「Vom Popanz mit den sieben Meilenstiefeln(7マイルのブーツを履いた巨人)」のsieben Meilenは、約52.5kmに相当します(Wikipediaによると、ドイツマイルは7.5km前後らしい)。なんてでかい靴なのだろう!また、「Popanz」という語(「恐ろしいもの」「お化け人形」「案山子」等の意味がある)は訳に困ったので、Collection Litolff版の楽譜にある英語題の「Giant」に従って「巨人」としました。


イラストレーション, お気に入りの主題による6つの優雅な幻想曲 Illustrations, Six fantaisies élégantes sur des thèmes favoris Op.99 より No.1 皇帝陛下万歳(女王陛下万歳) Heil dir im Siegerkranz (God save the King)

「Heil dir im Siegerkranz」は、かつてのプロイセン王国およびドイツ帝国の国歌で、イギリス国歌「God Save the Queen」と同じ旋律が用いられてます。


アルプスの夕映え, 牧歌 Alpenglühen, Idylle Op.193

ピアノ発表会の定番曲の一つです。


アンブロワーズ・トマの歌劇「ミニョン」, 華麗なる幻想曲 Mignon, Opéra de Ambroise Thomas, Fantaisie élégante Op.400

トマ(Ambroise Thomas, 1811-1896)の代表作「ミニョン」から、「君よ知るや南の国」を含むいくらかの旋律を引用した幻想曲です。



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