Julius Schulhoff (1825-1898)

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▲Julius Schulhoffの肖像 Gallica / Bibliothèque nationale de France より 加工・転載

シュールホフというと、今日では、20世紀の前半に活躍した作曲家エルヴィン・シュールホフ(Wikipedia)が知られていますが、今回紹介するのは、彼の大叔父にあたるピアニスト・作曲家ユリウス・シュールホフ(Julius Schulhoff, 1825-1898)です。

シュールホフは、プラハに生まれ、キッシュ[1]とテデスコ[2]にピアノ、トマーシェク(Wikipedia)に作曲を学びました。1842年にドレスデンでデビューを果たし、続いてライプツィヒのゲヴァントハウスでも演奏を行いました。その後、パリを訪れますが、そこで出会ったショパンは、シュールホフにとって大きな後援者となり、1845年には彼の勧めで演奏会を開き大きな成功を収めました。また、同じ頃、最初の2作品が出版されましたが、そのうちのひとつ「ソナタ形式による華麗なるアレグロ Op.1」は、ショパンに献呈されたそうです。どのような曲なのかはわかりませんが…。

その後、シュールホフは、1849年から1853年にかけて、フランス各地、オーストリア、イギリス、スペイン、ロシア等を演奏旅行し、パリに引き続いての成功を収めました。しかし、旅行を終えてパリへ帰ると、演奏活動からは身を引き、作曲やピアノ教師としての活動に専念するようになりました。1870年にはドレスデンに移住、1897年にはベルリンへ移住し、1898年に同地にて亡くなりました。

作品には、ソナタ、練習曲、マズルカ、ワルツ、即興曲などといったピアノ曲があり、そのいくつかは大変高い人気を獲得しました。

[1]Kisch : 詳細は不明
[2]Ignaz Tedesco (1817-1882) : 「オクターブのハンニバル」と呼ばれたボヘミアのピアニスト・作曲家




馬上槍試合, 大練習曲 Le Tournoi, Grande Etude Op.12

アルカン(以前の記事)に献呈された作品。



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