Charles Mayer (1799-1862)

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▲Charles Mayerの肖像 The New York Public Library Digital Collections より 加工・転載

シャルル・マイヤー(Charles Mayer, 1799-1862)は、ドイツのピアニスト・作曲家です。彼は、ケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)で生まれましたが、彼が幼い頃に、一家はモスクワへと移住しました。マイヤーは、ピアノ教師であった母から手ほどきを受け、その後、「夜想曲」の創始者として知られるジョン・フィールドに師事しました。ナポレオンのロシア侵攻のあった1812年、一家は、モスクワ大火のため、サンクトペテルブルクへと逃れますが、そこでも彼は再びフィールドの指導を受け、その演奏スタイルを吸収していきました。

1814年には、クラリネット奏者である父とともにポーランド、ドイツ、フランス、オランダへの演奏旅行を実施し、成功を収めています。1819年には、サンクトペテルブルクに戻り、そこでピアノ教師として評判を獲得しました。マイヤーは、800人にも及ぶ生徒を指導したといわれていますが、ロシア国民楽派の礎を築いた作曲家グリンカもその一人でした。

1845年には、2度目の演奏旅行を実施し、ストックホルム、コペンハーゲン、ハンブルク、ライプツィヒ、ウィーンを訪れ、ストックホルムで王立音楽アカデミーの名誉会員に選定されたり、デンマークで宮廷ピアニストに任命されたりするなどの栄誉を授かっています。しかし、ロシアでは、その頃からヘンゼルト(以前の記事)が楽壇に君臨するようになりました。マイヤーは、ライバルのいるサンクトペテルブルクを離れ、1850年から1862年に亡くなるまで、ドレスデンで活動しました。

作曲家としては多作で、Op.は351にまで達しており、その大半はピアノ曲となっています。大規模な作品としては、「大協奏曲 Op.70」や「交響的協奏曲 Op.89」があります。



ポーランドの思い出, マズルカ Souvenir de Pologne, Mazurka Op.112

この作品は、少しややこしい事情があります。
かつて、この曲は、ショパンの作品と誤認され、クリントヴォルト(Karl Klindworth, 1830-1916)編纂のショパン全集に収録されたことがありました(IMSLP)。
ただし、この曲を短縮したものに相当する(年代的には「ポーランドの思い出」の方を拡張版というべきかもしれない)「アレグレット嬰ヘ長調」(IMSLP)は、現在でもショパンの作品と看做されることが多いです。
「アレグレット」がショパンの真作ならば、マイヤーが、ショパンの曲を借用して「ポーランドの思い出」を書いたということになるのでしょうが、そうなるとショパンの生前未出版のこの作品をマイヤーがどうやって知ったのかが謎になります。マイヤーは、ショパンと面識があったのでしょうか?


軍隊ギャロップ Galop militaire Op.117



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