Emile Prudent (1817-1863)

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▲Emile Prudentの肖像 Gallica / Bibliothèque nationale de France より 加工・転載

エミール・プリューダン(Emile Racine Gauthier Prudent, 1817-1863)は、フランスのピアニスト・作曲家です。彼は、幼くしてピアノ調律師の養子となり、実の両親を知らずに育ちました。育ての親となった調律師から音楽の手ほどきを受けた彼は、10歳でパリ音楽院に入学して、ジメルマン[1]やル・クーペ[2]、ローラン[3]に師事し、1833年にピアノで一等賞、その翌年に和声法で二等賞を獲得しました。

その後、後援者に恵まれなかったプリューダンは、なかなか成功に有り付くことが出来ませんでした。1836年、タールベルク(以前の記事)の演奏を聴いて感銘を受けた彼は、故郷アングレームに帰り、その技量を習得しようとひたすら研鑽を積みました。その結果、1842年にパリに戻って開いた演奏会では大成功を収め、引き続き、フランス各地、ベルギー、イギリス、ドイツ等で巡演をして喝采を浴びました。

作品は、ピアノ独奏曲が多くを占めており、出世作となった「『ランメルモールのルチア』による幻想曲 Op.8」のような歌劇の主題に基づく幻想曲、「妖精の踊り Op.41」のような性格的小品などがあります。その他、「協奏交響曲 Op.34」「協奏曲第2番『草原』」「3つの夢 Op.67」のようなピアノと管弦楽のための作品も残しています。

[1]Pierre-Joseph-Guillaume Zimmerman (1785-1853)
[2]Félix Le Couppey (1811-1887) : 「ピアノのABC Op.17」「ラジリテ Op.20」といった練習曲が今日でも用いられている。
[3]Adolphe-François Laurent (1796-1867)




ベッリーニの「夢遊病の女」による演奏会用カプリス=エチュード Caprice-Etude de concert sur La Sonnambula de Bellini Op.23

ベッリーニの歌劇「夢遊病の女」の第1幕の二重唱「D'un pensiero e d'un accento」を編曲したものです。



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