Alexandre Croisez (1814-1886)

本日は、フランスのピアニスト・ハープ奏者・作曲家アレクサンドル・クロワゼ(Pierre-Alexandre Croisez, 1814-1886)が生誕200年を迎えます(ただし5月7日生まれ説もあり)。もしかすると、姓はBoulezのように最後の"z"を発音し、クロワゼーズと読むのかもしれません。

彼は、1825年にパリ音楽院に入学し、ナデルマン(François Joseph Naderman, 1781-1835)にハープを師事しました。同楽器の選抜試験で1829年に二等賞、1831年に一等賞を獲得しています。また、アレヴィの作曲の授業も数年間受講し、1832年に音楽院を卒業しました。

しかし、当時、流行遅れの楽器となってしまっていたハープは生計を立てるための確実な手段ではないと直ちに認識したクロワゼは、ピアノの練習に身を捧げ、そして、その楽器のための中級者向け小品を多数出版しました。その中でも、今回紹介する「燕と囚人, 風俗的奇想曲 Op.58」は人気作となりました。




燕と囚人, 風俗的奇想曲 L'Hirondelle et le Prisonnier, Caprice de genre Op.58

高音域の32分音符の素早いパッセージで燕(L'hirondelle)が描写され、中音域で囚人の歌(chant du prisonnier)が表現されています。中間部は劇的な曲調で楽譜には絶望(désespoir)と記されています。

この曲の「L'Hirondelle et le Prisonnier」という表題ですが、フランスの詩人ピエール=ジャン・ド・ベランジェ(Pierre-Jean de Béranger, 1780-1857 : Wikipedia)の作品にも同じ題のものがあります(こちらのサイトで閲覧できます)。その詩の内容は、捕虜となった男が、故国の方から越冬にやって来た燕に、故郷の母や姉(妹かもしれない)、戦友たちのことについて話してくれないのかと語りかけるものです。クロワゼの曲は、このような内容を如実に描写しているわけではないですが、この詩から何らかのインスピレーションを受けて書かれたという可能性は考えられなくもないかもしれません。



なお、楽譜中には、"croisez la m. g."(左手を交差させなさい)という演奏指示が出てきますが、これは作曲者の名前にかけたダジャレである…… かどうかは定かではありません。



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