Amédée Méreaux (1802-1874)

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▲Amédée Méreauxの肖像 Gallica / Bibliothèque nationale de France より 加工・転載

今回は、かのアルカンを凌駕するともいわれるほど恐ろしい難易度を誇る《大練習曲集 Op.63》によって、近年、一部のピアノ愛好家にその名が知られているアメデ・メロー(Jean-Amédée Le Froid de Méreaux, 1802-1874)の作品を録音してみました。

メローは、パリ生まれのピアニスト・作曲家です。父ジャン=ニコラ(Jean-Nicolas Le Froid de Méreaux, 1767-1838)と祖父ニコラ=ジャン(Nicolas-Jean Le Froid de Méreaux, 1745-1797)はともに音楽家であり、アメデは前者からピアノの手ほどきを受けました。両親は息子を弁護士の職に就かせることを望み(母方の祖父がかつて弁護士だった)、彼はそのための教育を受けさせられましたが、その傍ら、10歳の頃からレイハ(Wikipedia)の下で和声法を学び始めています。14歳の時には父の計らいでリショー(Richault)社から最初の作品が出版されるに至りました。中等学校を修了してからは、レイハから更に対位法やフーガの指導を受けて研鑽を積んでいます。

1828年、メローは、中等学校時代の同級生であり友人であった考古学者ルノルマン(Charles Lenormant, 1802-1859)を介して、ボルドー公のもとでピアニストの職を得ましたが、1830年には革命の影響でその職を失うこととなりました。その後、フランス各地を巡演し、1832~33年にはロンドンに滞在、1835年にルーアンを永住の地に定めました。そこで、彼は作曲家やピアノ教師として活動するのみならず、音楽著述家としても『ルーアン新聞 Journal de Rouen』や『世界報知 Moniteur universel』に数多くの記事を寄稿しました。音楽家であるとともにに教養人であった彼は、1858年には帝立ルーアン科学・文芸・芸術アカデミーの会員に選出され、1865年に会長となりました。1868年にはレジオンドヌール勲章を受章しています。

メローは、作品番号付きのものだけでも120あまりの作品を残しました。多数のピアノ曲のほか、室内楽曲、ミサ曲、カンタータ等があり、ピアノ曲の中では、フランス学士院の承認を受け、パリ音楽院でも教材として採用された前述の《自由な形式と厳格な形式による60の性格的奇想曲から成る大練習曲集 Op.63》が特筆に値します。また、メローは、古典音楽の研究家としても学識を発揮し、その成果は、フレスコバルディからJ.B.クラーマーに至る様々な古典鍵盤作品を収めた曲集『1637年から1790年のクラヴサン奏者たち Les clavecinistes de 1637 à 1790』(1864-67)に結実しています。



鐘, 即興曲 Les Cloches, Impromptu Op.10



作品番号から分かるように初期の作品で、楽譜の装丁などから察するに恐らく1820年代に出版されたものだと思われます。この頃の作品には《大練習曲集 Op.63》のような超絶技巧はまだ見られません。
表題の通り、鐘の音の模倣が印象的で、特に序奏部においてそれが顕著です。この曲で描写される鐘は、パガニーニの《ラ・カンパネラ》で描写される鐘よりも重厚な響きを持った大型のものでしょう。実際、パガニーニの鐘が縮小辞et(te)が付いた"clochette"であるのに対し、メローの鐘は縮小辞の付かない"cloche"です。


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