作曲家ピックアップその1

 これまでに私がMIDIあるいは録音で紹介した作曲家は60人を超えました。少々雑多で玉石混淆な状態になっており、もしかすると、私のホームページやブログを訪れた方の中には、一体何を聴けばよいのかと思う方もいるかもしれません。そこで、私がおすすめしたい作曲家をいくらかピックアップして記事を書いてみることにしました。



Stefano Golinelli – 19世紀イタリアピアノ音楽の知られざる大家

 19世紀イタリアのピアノ音楽は今日ではほとんど顧みられていませんが、当時のイタリアが決してピアノ音楽不毛の地ではなかったことを容易く証明してくれる作曲家がステファノ・ゴリネッリ(1818-1891)です。

 彼の《愛と悲しみ, 夜想曲 Amore e Mestizia, Notturno Op.51》のさわりを弾いてみて、これは名曲だと直感しました。減7和音による不穏な雰囲気の前奏。それに続く甘美な旋律は、ロマン派音楽の中でも屈指の名旋律ではないかと思えるほどです。これは何としてでもMIDIを作成しなければと使命感に近い思いを抱きました(できれば録音をしたいところですが、私の技量では無理そうでした)。そのMIDIを公開したところ、私と同様に名曲だと思ってくださる方がいたのは、本当に嬉しい限りでした。自分の耳は間違っていなかったんだと思えました。

 ゴリネッリの作品は、もう一曲MIDIを作成しています。《吸血鬼の踊り, スケルツォ La danza dei Vampiri, Scherzo Op.52》という作品です。これも、《愛と悲しみ》とは路線は違えど個性的な作品です。タイトルの通り、不気味な魔物がステップを踏んでいるような曲想で、高音部の装飾音はまるでコウモリの鳴き声のようです。

 ゴリネッリは、200以上もの作品を残しており、そのほとんどがピアノ曲です。WEB上で入手できる楽譜はそのごく一部に過ぎませんし、その多くは演奏難易度が高く、自分で弾いて内容を確かめるのも容易ではありません。こういうわけで、ゴリネッリという作曲家の実像は、まだまだ十分に把握できたとは言い難い状況ですが、ピアノ音楽史から葬り去るのには惜しい作曲家であるのは間違いないだろうと私は信じています。なんといっても、彼が同時代の人々から「イタリアのバッハ」と呼ばれていたという事実は、彼が才能ある音楽家であったことの証左であるはずです。


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)





Theodor Döhler – イタリア生まれのチェルニーの高弟

 テオドール・デーラー(1814-1856)は、ナポリに生まれチェルニーの薫陶を受けたピアニスト・作曲家です。私がこの作曲家を知ったのは、とあるウェブサイトで下のようなピアニストの集合絵を見てのことです。そのサイトには、彼の代表作《夜想曲 Nocturne Op.24》の音源も置いてありました。深遠さこそないかもしれませんが、分かり易く感傷的な旋律とタールベルクの影響を感じさせる華やかな技巧は、私の心を捉えるのに十分でした。19世紀半ばのサロンで流行したことは容易に想像がつきます。ちなみに、シューマンは、この夜想曲を「往時の吟遊詩人が垣根や塀、濠を乗り越えるといった身の危険を冒して恋人の耳に届けたようなものというよりは、むしろ、アイスクリームのように甘くて冷たいサロンでの愛の告白」であると評しています。

pianistes_celebres.jpg
▲著名なピアニストたち 後列左から2番目がデーラー Österreichische Nationalbibliothek より 転載

 このOp.24はデーラーの第1作目の夜想曲であり、これ以降も彼は多数の夜想曲を書きましたが、Op.24に見られるような華麗な作風を維持し続けたというわけではなさそうです(彼の夜想曲の楽譜すべてを確認したわけではありませんが)。1840年代後半に書かれた《ゴンドラでの散策, 夜想曲 Une Promenade en Gondole, Nocturne Op.65》には、華麗な要素はなく、表題の通り、穏やかな波に揺られながら舟歌を口ずさむような曲想となっています。デーラーの恐らく最後の夜想曲となった《夜想曲第12番 12me Nocturne Op.70》も、Op.65のような表題こそ付いていませんが、どことなく舟歌を思わせます。ショパンの夜想曲には、彼の祖国の民族舞曲マズルカのリズムが顔を出すことがあります(第6番、第7番)が、デーラーの夜想曲の中にも彼の生まれ故郷であるイタリアのカンツォーネが息づいているのかもしれません。デーラーは、国際様式とでもいうべきサロン小品や人気歌劇の主題による変奏曲・幻想曲を多数書きましたが、その一方で故国への愛情も強く抱いていたのではないかと私は想像しています。

 デーラーの夜想曲以外の作品では、現時点で、1曲MIDIを作成し、1曲録音をしています。前者は、《サロン用小品集 Morceaux de Salon Op.45》の第2曲《練習曲 Etude》で、モシェレスとフェティスが編纂した練習曲集《メトードのメトードMéthode des Méthodes》に収録された優れた重音練習曲です。中間部には甘美な旋律も現れます。後者は、《3つの独創的ポルカ Trois polkas originales Op.56》の第1曲《カルロッタ Carlotta》で、軽妙さを備えた可愛らしいサロン小品です。


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)







Eugène Ketterer – 感傷的な旋律と心躍らせるリズムを書いたサロン音楽作曲家

 ウジェーヌ・ケトレール(1831-1870)は、パリ音楽院で学んだフランスのピアニスト・作曲家で、39歳の若さで普仏戦争の犠牲となりましたが、300近くに及ぶピアノ小品を残しています。おすすめに挙げはしましたが、ケトレールは、一般的な音楽史において高く評価されるような作曲家ではないかもしれません。というのは、彼の作品のほとんどがサロン向けのピアノ小品であるからです。

 確かに、ケトレールの作品には、心の奥底に触れるような深遠さや崇高さがあるとはいえません。ただし、それらは彼の作品においてはむしろ不要であったかもしれません。彼の作品は、深い思考を巡らせながら聴くような音楽ではなく、直感的に楽しむ単純明快な音楽で、心を躍らせるような軽快なリズムや感傷的な旋律に溢れています。同種の作品を書いた同時代の作曲家の中でも、ケトレールはとりわけ精彩を放っていると私は思います。

 例えば、《ノルウェーの女, 奇想曲 La Norvégienne, Caprice Op.104》は、シンコペーションによる軽快なリズムが快い愛らしい小品で、《リドの歌, レーヴリー=ノクターン Chant du Lido, Rêverie-Nocturne Op.177》(Phillip Sear氏による演奏動画)は、波に揺れる小舟を思わせる付点リズムが印象的で、感傷的な美しい旋律を持った佳作です。《クレオールの歌 Chanson créole Op.56》(Phillip Sear氏による演奏動画)は、自身の師でもあったパリ音楽院ピアノ科教授マルモンテルに献呈された作品で、哀愁に満ちた旋律が美しく、その装飾も見事です。

 私が今までにMIDIを作成したケトレールの作品は4曲です。《銀魚, 幻想マズルカ L'Argentine, Fantaisie-Mazurka Op.21》は彼の一番のヒット作です。《ジュヴェールの歌劇「クェンティン・ダーワード」によるスコットランド行進曲 Marche écossaise sur Quentin Durward, Opéra de Gevaërt Op.61》は、編曲物ではありますが、快活なリズムが楽しい作品で、《騒ぎ上手, 演奏会用ギャロップ Boute-en-train, Galop de Concert Op.121》も、快活で心躍らされる作品です。《牧歌 Idylle Op.219》は、対照的に穏やかな曲想で、感傷的な旋律を湛えた美しい作品です。

 ビートルズが青少年に悪影響だといわれたような時代(私が生まれるよりも随分前ですが)とは違って、今日では、ポピュラー音楽がいわゆる芸術音楽に劣るという偏見を持つ人は少なくなってきています。しかし、19世紀のポピュラー音楽とでもいうべきサロン音楽が、クラシック音楽の文脈において価値の低いものと看做される風潮はまだまだ拭い去られていないのではないでしょうか。聴いていて何かを考えさせられるような深遠な作品、崇高な作品は確かに素晴らしいですが、何も考えずに楽しめるような単純明快な作品にもまた違った価値があると思います。それらを無視するのは音楽の楽しみ方の一部を放棄するようで、実に勿体ないことであるような気がします。


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)






Léopold de Meyer – ダイナミックでエキゾチックな作品を残したライオン・ピアニスト

 レオポルド・ド・マイヤー(1816-1883)は、オーストリアに生まれチェルニーに師事したピアニスト・作曲家で、その力強い演奏から「ライオン・ピアニスト」と渾名されていました。眉唾物かもしれませんが、親指だけで演奏したり、握りこぶしや肘を使って打鍵したりすることもあったと伝えられています。このような話を聞くとゲテモノピアニストのように思えますが、作曲家としてはなかなか独創的な作品を残していると私には思えます。ベルリオーズが彼のピアノ曲2作を管弦楽用に編曲しているという事実は、彼が注目すべき才能を持った作曲家であったことを窺わせます。

 現時点で私がMIDIを作成したマイヤーの作品は《モロッコ行進曲 Marche marocaine Op.22》(初版では《マシュムディエ, トルコの戦争の歌 Machmudier, Air guerrier des Turques》という題)の1曲だけです。この曲は、ベルリオーズが管弦楽編曲した2曲のうちのひとつであり、マイヤーの一番のヒット作でもありました。彼は、1843年にコンスタンティノープルを訪れており、恐らくそこで聴いた音楽に触発されて書いたのがこの曲でしょう。マイヤーの力強い演奏スタイルがよく反映された作品で、ダイナミックにオクターブや和音を打ち付けることで表現された軍楽のリズムはなかなか刺激的です。随所にみられる半音階的な和声変化も雰囲気を高めています。この曲は、当時としては斬新なものだったと思われますし、今なお新鮮さを失っていないと思います。

 マイヤーは、東洋趣味を取り入れた作品として、他に《バヤジット, トルコの国民歌 Bajazeth, Air Nationale des Turques Op.23》、《2つのアラブの主題による東洋幻想曲 Fantaisie orientale sur deux Thèmes arabes Op.38》、《宮殿の踊り, 東洋大幻想曲 La Danse du Sérail, Grande Fantaisie orientale Op.51》を書いています。また、ロシアの音楽(恐らくは民謡)を取り入れた作品としては《ロシアの歌 Airs russes Op.20》、《ロシアの歌, 幻想曲 Airs russes. Fantaisie Op.43》、《ロシアのジプシーの歌による変奏曲 Air bohemien russe varié Op.45》などがあります。それらは同時代(1840年代)の他の作曲家による同様の作品よりもエキゾチックな雰囲気がよく現れているように思えます。1845年から47年にかけて訪れた米国での体験は、愛唱歌に基づいた《アメリカの国民歌「ヘイル・コロンビア」と「ヤンキー・ドゥードゥル」による大幻想曲 Grande Fantaisie sur les Airs nationaux americains: Hail Comlumbia et Yankee doodle Op.52》のほか、大瀑布の情景を描写した《ナイアガラ滝, 性格的幻想曲 Niagara-Fall. Characteristische Fantasie Op.60》に結実しています。その他に注目したいのが《蟋蟀ポルカ Grillen-Polka Op.130》という作品です。蟋蟀の鳴き声が少々グロテスクに描写される前奏に始まり、それが軽快な舞曲へと変貌するというユニークな曲です。

 今年は、マイヤーの生誕200周年ですので、是非とも彼の作品の紹介に力を入れてみたいところです。


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)



 おすすめすべき作曲家や作品はまだまだありますが、今回はここまでとします。次回があるかはわかりませんが(^^;)

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。