作曲家ピックアップその2

 前回の記事に引き続き、私が今までにMIDI作成または録音した作曲家の中からおすすめをいくらか紹介します。



Ferdinand Hiller – 多才さ故に忘れ去られた19世紀楽壇の重鎮

 フェルディナント・ヒラー(1811-1885)は、ドイツのピアニスト・作曲家・指揮者で、歌劇、オラトリオ、交響曲、ピアノ協奏曲、室内楽曲、ピアノ曲など多岐のジャンルにおいて作品を残し、また、ゲヴァントハウスでの指揮、ケルン音楽院の創設、ライン音楽祭の監督など、楽壇の重鎮として精力的に活動しました。しかし、今日では、彼の名前はショパンの友人(ショパンはヒラーに《3つの夜想曲 Op.15》を献呈しています)などとして音楽書でしばしば目にすることはあっても、作品を耳にする機会はほとんどありません。音楽界の中心的人物であったヒラーが忘れ去られることとなったのは、多面的に活躍した故に後世の人々が的を絞ることができなかったのが理由ではないかと日本大学藝術学部の髙久暁教授は述べています

 現時点で私は、ヒラーの作品のうち、《6つのエチュード組曲 Six Suites d'Etudes Op.15》から2曲、《4つの夢想曲 Quatre Rêveries Op.21》から1曲、MIDIを作成しています。《6つのエチュード組曲 Op.15》は、グランドオペラの大家ジャコモ・マイヤーベーアに献呈された24曲から成る曲集で、1番から順に6、4、3、4、3、4曲の6つの組曲に分かれています。第1組曲の第2番は、低音で連打される和音に乗せて32分音符の急速なパッセージが奏でられる曲で、金澤攝氏はアルカンの《鉄道 Op.27》のモデルとなった作品ではないかと指摘しています。また、シューマンは、この曲から次のような情景を思い浮かべています。

夢。地中での営み。小人グノームたちが歌い、鎚を打ち付けている。妖精たちはダイヤモンドの花の上で揺れ動いている。あらゆるものが活気をもって進行していく。夢見人は目を覚ます。「あれは何だったのか?」と。


第1組曲の第4番も、第2番と同様、急速なテンポが特徴の曲で、右手の16分音符のパッセージが無窮動的に続いていきます。

 《4つの夢想曲 Op.21》は、ヒラーの才能に一目を置いていたシューマンでさえ、「不自然でつまらないものがたくさん含まれている」、「これらを出版してしまったことに驚くほど」などと酷評していますが、少なくともMIDIを作成した第1番に関しては、私は名曲であると思います(他の3曲についてはまだ十分に確認できていないので評価保留で)。第1番は、前述の2つの練習曲とは対照的に、ショパンの影響を感じさせる夢見心地な美しいメロディーを持った作品です。中間部は、胸騒ぎのような32分三連符の細かい動きに乗せ断片的な旋律が奏でられます。和声も凝っています。不穏な曲想が収まると、急速な重音のアルペジョの伴奏に乗せて、冒頭のメロディーが力強く再現されます。叙情性とドラマ性を併せ持った佳作だと思います。

  1. 金とくスペシャル 失われた音楽を求めて~塗りかえられる19世紀音楽史~(NHK金沢ほかで2010年7月30日放送 http://www.nhk.or.jp/kanazawa/program/004/2010/kinsp/index.html)
  2. 同上
  3. Schumann, Robert, Fanny Raymond Ritter trans. & ed. (1891), Music and musicians, Essays and criticisms, First series, London: William Reeves p.340
  4. Schumann, Robert, Fanny Raymond Ritter trans. & ed. (1891), Music and musicians, Essays and criticisms, Second series, London: William Reeves p.526


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)





Emile Prudent – 美しい風景画のような作品を残したフランスのピアニスト

 数多くの優秀な音楽家を輩出した伝統ある音楽院を擁し、また、ショパンをはじめとする欧州各地の名音楽家たちが集ったフランスの首都パリは、特に19世紀において、ウィーンに劣ることのない音楽の都であったと私は考えています。しかし、そのフランスのピアノ音楽は、ドビュッシーやフォーレ以前のもの関しては、全体的に冷遇されているような気がします。クープランやラモーのようなフランス・バロック作曲家のクラヴサン曲は、J.S.バッハに比べるとかなり演奏機会が少ないように思えますし、サン=サーンスのピアノ独奏曲なども十分な評価がされているとは言い難いかもしれません。特に酷いのは、18世紀中頃から19世紀中頃にかけての鍵盤音楽です。ほとんどヴェールに包まれた状態といってもよいのではないでしょうか。近年では、アルカンという作曲家が再評価されつつありますが、それでもまだマイナーの域は脱していないでしょう。

 そんなヴェールに包まれた時代に活躍したフランスピアノ音楽の優れた作曲家の一人として私が挙げたいのが、エミール・プリューダン(1817-1863)です。パリ音楽院で学んだ彼は、ピアノ独奏曲のほかピアノ協奏曲を含む70近くの作品を残しています。

 私は、これまでにプリューダンの作品のMIDIを2曲作成しました。いずれも歌劇の主題による編曲物です。《ベッリーニの「夢遊病の女」による演奏会用カプリス=エチュード Caprice-Etude de concert sur La Sonnambula de Bellini Op.23》は、ベルカント・オペラの名作による、タールベルク風の華麗なトランスクリプションで、主題の動機に基づいた自由な前奏が3分近くに亘って展開されるのが特徴的です。《グルックの「オルフェオ」, 私はエウリディーチェを失った, トランスクリプション Orphée de Gluck, J'ai perdu mon Eurydice, Transcription》は、古典派の歌劇の巨匠グルックの代表作による原曲の雰囲気に忠実な編曲です。

 しかし、これら2曲よりも、既存の主題に依らないオリジナルな作品の方がプリューダンの個性が発揮されていると私は思います。プリューダンの作品の録音は、PTNAで多数公開されており、むしろ、私のMIDIよりもそちらを聴いてみることをおすすめしたいです。《12のジャンル・エチュード 第1巻 12 études de genre, 1er livre Op.16》(ピティナ・ピアノ曲事典)は、《昔の話》、《小川》、《鬼火》といった表題が付いた6曲(タイトルには12とありますが実際には6曲しか出版されなかったようです)から成る練習曲集で、感傷的で美しい旋律を持ち、表題の内容が絵画のように描写されるというプリューダンの作風が確立された記念碑的な作品といえそうです。他にも、PTNAにはプリューダンの名曲がたくさんアップされていますが、その中からお気に入り挙げるなら、《さらば春よ, エチュード=カプリス Adieu Printemps, Caprice-Étude Op.60》(ピティナ・ピアノ曲事典)です。微風のような伴奏に乗せて歌われる美しい旋律が涙を誘います。

参考:ピティナ・ピアノ曲事典 – プリューダン Prudent, Emile (Racine Gauthier)


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)




Henri Ravina – 超絶的な練習曲や精彩を放つ小品を残したフランスのピアニスト

 プリューダンと同様に歴史に埋もれた19世紀のフランス人作曲家にアンリ・ラヴィーナ(1818-1906)がいます。彼もまたパリ音楽院の出身者で、100以上の作品を残しておりそのほとんどがピアノ曲です。

 ラヴィーナはピアノのための練習曲集を多数残していますが、私は、そのうち初期のものに当たる《12の演奏会用練習曲 Douze études de Concert Op.1》、《25の性格的練習曲 25 Etudes caractéristiques Op.3》、《12の様式と完成の練習曲 Douze études de style et de perfectionnement Op.14》から合計5曲のMIDIを作成しています。音楽院での師ジメルマンに献呈された《12の演奏会用練習曲 Op.1》は、処女作(それ以前に作品番号なしの歌曲も出版しているらしく、厳密には最初の作品ではないようです)にして高い完成度を誇る作品です。第1番は、アルペジョの練習曲でショパンのOp.10-1を髣髴させます。第2番は、和音連打による激烈な練習曲です。《25の性格的練習曲 Op.3》の第7番は、歌唱的で穏やかな曲想ですが、第16番は、左手にはオクターブ、右手には重音が絶え間なく並んでいる見るからに演奏困難そうな曲です。《12の様式と完成の練習曲 Op.14》の第1番は、ポーランド出身の名ピアニストのヨーゼフ・ホフマンが愛奏したことで知られる可愛らしい曲です。

 練習曲以外には、2曲MIDIを作成しています。《リタ, スペイン奇想曲 Lita, Caprice Espagnol Op.87》は、ギターやカスタネットの伴奏に乗って情熱的に踊る様子を思わせる異国情緒に溢れた小品で、同音連打や重音など演奏には高度な技術が求められそうです。《学徒の合唱, 華麗なる幻想曲 Choeur d'Écoliers, Fantaisie Brillante Op.103》は、タイトルから想像していたよりは激しくてテンポの速い曲でした。教会で讃美歌を歌っているというような感じではなく、威勢よく凱歌を揚げるような感じです。

 ラヴィーナの作品もプリューダンの作品と同様、PTNAで多数の録音が公開されています。その中から私のお気に入りをいくつか挙げます。ヒット作であった《夜想曲 Nocturne Op.13》(ピティナ・ピアノ曲事典)は、前回の記事で紹介したデーラーの《夜想曲 Op.24》と同様に、わかりやすく感傷的な旋律をもった美しいサロン小品で、中間部では情熱的に感情を迸らせます。《バラード, 性格的小品 Ballade Morceau de Caractère Op.44》(ピティナ・ピアノ曲事典)は、ラヴィーナにしては珍しい深刻な音楽で、ドラマティックで感動的な傑作です。連弾曲である《賢者たち Les Mages Op.54》(ピティナ・ピアノ曲事典)は、怪しげな雰囲気が魅力的です。

参考:ピティナ・ピアノ曲事典 – ラヴィーナ Ravina, Jean Henri


 また、中村(金澤)攝氏による『19世紀ピアノ音楽発掘シリーズ Vol.1 アンリ・ラヴィーナ』と題されたCDが四半世紀以上前に発売されていますが、残念ながら、廃盤のため現在では入手しにくい状況です。私は某CD店で中古のものを発見し入手しました。収録曲は以下の通りです。

・優雅なロンド Op.4
・ヴィラネッル Op.33
・ベルジェリー ―田園的風景― Op.48 
・祈り ―音楽詩― Op.51
・魔女 ―グランド・ヴァルス― Op.61
・小さなボレロ Op.62
・星の夜 ―夜想曲― Op.76
・刈り入れの歌 ―絵画的情景― Op.80
・3つの無言歌 Op.95
・メヌエット Op.100

 美しいメロディーが壮大に歌われる感動的な《祈り, 音楽詩 Op.51》、生き生きとした描写の《刈り入れの歌, 絵画的情景 Op.80》など色彩豊かな作品が揃っています。


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)









Antoine de Kontski – 世界を駆けたポーランドのライオン
 
 前回の記事で「ライオン・ピアニスト」と呼ばれたレオポルド・ド・マイヤーという作曲家を紹介しましたが、《ライオンの目覚め》というピアノ曲によって世界に名を馳せた作曲家もいました。アントワーヌ・ド・コンツキ(1817-1899)という人です。ポーランドのクラクフに生まれた彼は、夜想曲の創始者フィールドに師事し、生涯に亘って世界を股に掛けた活動を行いました。ヨーロッパ各地に加え、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、中国、そして日本も訪れています。

 代表作《ライオンの目覚め, 英雄的奇想曲 Le Réveil du lion, Caprice héroïque Op.115》は、かつては、連弾版、簡易版、管弦楽版など、様々な編曲によっても親しまれたことからも、その人気ぶりを窺うことができます。演奏時間が10分強に及ぶこの大曲は、ファンファーレによって幕を開け、勇壮な行進曲が続きますが、その後、ライオンが眠ったのか、夜想曲風の対照的な曲想になります。それから、太鼓連打によってライオンは目を覚まし、行進を再開します。クライマックスはfffの爆音で迫力満点です。内容は実にわかりやすく、そして、超絶技巧のオンパレードとでもいうべき華麗な作品で、是非とも実演を見てみたい作品です。こういう作品は、「技巧だけで中身がない」などといった抽象的な言葉で批判されがちな気がしますが、私は、この《ライオンの目覚め》のような単純明快でパフォーマンス性の高い音楽は決して価値の低いものではないと思っています。

 コンツキの作品は、現時点で、他に《チェリート, お気に入りのマズルカ La Cerrito, Mazurka Favorite Op.84》と《糸車, 即興曲 Le Rouet, Impromptu Op.325》の2曲のMIDIを作成しています。前者は、明るく溌剌としたマズルカ、後者は、お嬢様が優雅に糸を紡いでいる情景よりは、糸車が急速に回転する紡績工場を思わせる華麗で技巧的な作品です。


◆音源 (★が付いているのはおすすめ曲です)





今回はこれで以上です。あと1回ぐらいあるかもしれません。

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